涼しさは、目と耳からやってくる

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    エアコンの冷気では届かない涼しさが、日本の夏にはありました

    年々、夏の暑さが増しています。
    地域によっては40℃を超える酷暑日となり、
    日中はできるだけ外に出たくないほどです。

    冷房、扇風機、ハンディファン、クールネックリング、ひんやりとした肌ざわりの服。
    猛暑の夏には、そうした暑さ対策が欠かせません。

    けれど、涼しさは「体を冷やすこと」だけで生まれるものではありません。 

    日本人は昔から目で見て、耳で聞いて、涼しさを感じる工夫を暮らしに取り入れてきました。

    エアコンのなかった時代から続く、そんな涼み方。
    忘れかけていたその知恵を、
    今の暮らしにもう一度取り入れてみるのもいいかもしれません。

    昔の人は、目と耳で涼んでいた

    まだエアコンがなかった時代、人々はどうやって夏を過ごしていたのでしょう。

    もちろん、今ほどの暑さではなかったのかもしれませんが
    夏を心地よく乗り切るための工夫が、暮らしのあちこちにありました。

    軒先に吊るした風鈴が揺れて、ちりんと鳴る。
    縁側で、風に揺れる庭の緑を眺める。
    金魚鉢の中を、金魚がすっと泳ぐ。

    どれも、体温を直接下げるものではありませんが、
    目で見て、耳で聞いて、「涼しい」と感じるための工夫でした。

    昔の人は、体を冷やすだけでなく、
    感覚で涼をとる術を知っていたのですね。

    暑さと戦うのではなく、
    暑さと上手に付き合うための知恵が、たしかにありました。

     

    なぜ、風鈴の音は涼しいのか

    不思議なのは、風鈴の音や揺れる緑が、
    実際に気温を下げるわけではないのに、
    私たちが「涼しい」と感じることです。

    風鈴の音を聞くと、私たちは無意識に「風が吹いている」と感じ取ります。

    音が、風の存在を知らせてくれるので
    実際に気温が変わらなくても、
    涼しさを連想するのだといわれています。

    揺れる緑や水の音も同じです。
    さらさらと流れる水の音、風にそよぐ葉の音、木漏れ日の揺らぎ。
    そうした自然の情景は、見ているだけ、聞いているだけで、
    私たちの気持ちをほどき、心地よさを与えてくれます。

    体で感じる涼しさと、目や耳から受け取る涼しさ。
    私たちはその両方を持っているはずなのに、
    いつのまにか前者にばかり頼るようになっていたのかもしれません。

       

    感覚でとる涼は、暮らしを豊かにする

    エアコンで下げる体の涼しさと、感覚で受け取る涼しさ。

    どちらが良い、という話ではありません。
    暑い日には冷房が必要不可欠です。

    ただ、感覚でとる涼には、体を冷やすこととは別の良さがあるように思います。

    それは、暮らしの解像度を上げてくれること。

    風鈴の音に耳を澄ませば、風の向きや強さに気づき、
    庭の緑を眺めれば、葉の色や伸び方に季節を感じます。

    打ち水をすれば、乾いた土の匂いや、
    水が蒸発していくときのわずかな涼しさに気づけます。

    体を冷やすだけなら、スイッチひとつですが、
    感覚でとる涼は、自分のまわりの世界に目を向けることになる。
    暑さの中にも、こんなに心地よい瞬間があったのかと、気づかせてくれるのです。

    涼しさを「つくる」のではなく、涼しさに「気づく」。
    その小さな違いが、夏の暮らしを少し豊かにしてくれる気がします。

    五感をひらけば、涼はそこにある

    ためしに、いつもより少しだけ、五感をひらいてみましょう。

    何も特別な準備は必要ありません。
    ちりんと鳴る音や、揺れる緑や、水のきらめきが、
    暮らしの中にささやかな涼を運んでくれます。

    暑さを数字で見て、冷房で下げるだけの夏も、悪くはありませんが、
    目と耳をひらいてみると、夏の中には涼を感じる瞬間が、
    思っている以上にたくさん隠れています。

    五感をひらけば、涼しさは、すぐそばにありました。

    今年の夏、そんな小さな涼に気づくことが、
    ちょっとした”ひといき”になるのかもしれません。

    次回(7/18公開予定)のコラムでは、
    夏の涼を感じる暮らしの工夫をいくつかご紹介します。
    目と耳でとる涼を、もう少し具体的に。楽しみにお待ちください。

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